仏教やキリスト教では中絶をどのように扱うのか

仏教やキリスト教では中絶をどのように扱うのか

仏教やキリスト教では中絶をどのように扱うのか

宗教による中絶の違い

中絶は様々な理由で行われます。経済的な理由もあれば、身体的に出産が難しいというやむを得ない理由もあります。このような理由から、日本では多く中絶が行われています。

 

しかし、中絶は子どもの命を絶つ行為。そのため、宗教によっても考え方が変わり、国によっては宗教の問題で中絶が禁止されているところさえあります。
では、中絶に対してどのような考え方を持っているのでしょうか。

 

仏教の考え方

仏教では殺生すること、つまり人を殺すことはしてはいけないと考えられています。中絶もこれに反するため、仏教では中絶は反対されています。子どもはお腹に宿ったときから一人の人間として考えるという記録も残っていることからも、中絶はすべきではないとされています。

 

しかし、殺生にも罪の重さが違うとも考えられており、やむを得ず中絶を行う場合には、少し罪が軽くなると言われています。

 

キリスト教の考え方

では、キリスト教では中絶に対してどのように考えているのでしょうか。

 

キリスト教の考えは非常にはっきりとしており、中絶は殺人であると考えられています。これは過去の人物が残した言葉からも伺えます。自分の子どもを殺してはいけないという言葉と、胎内の子どもは一人の人間だという言葉です。つまり、中絶は考えに反した行為だということです。

 

しかし、実際にはキリスト教内でもひそかに中絶が行われていたこともありますが、これは母体の安全確保のためなどに行われたものでした。

 

このように仏教もキリスト教も中絶に対しての考え方が少し異なるものの、基本的には中絶はすべきではないと考えています。

 

中絶は必ずしも悪ではありませんが、できるだけ減らすべきものであると言えるでしょう。

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